☆伊賀上野城の歴史を訪ねる。
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☆上野城(三重県)
通称 白鳳城、伊賀上野城
城郭構造 梯郭式平山城
天守構造 5層天守閣(完成間近に倒壊)
層塔型3層3階(木造・1935年模擬)
築城主 筒井定次
築城年 1585年(天正13年)
主な改修者 藤堂高虎
主な城主 筒井定次、藤堂氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 石垣、堀、武具蔵
指定文化財 国の史跡
天守は伊賀市指定文化財
再建造物 模擬天守
☆伊賀上野城は、上野盆地のほぼ中央にある上野台地の北部にある標高184
メートルほどの丘に建てられた平山城である。北には服部川と柘植川、南に
は久米川、西側には木津川の本流が流れ、城と城下町を取り巻く要害の地に
ある。織田信雄(北畠信雄)の家臣である滝川雄利は平楽寺の跡に砦を築
いた。その後1585年(天正13年) に筒井定次によって改修を受け、1611年
(慶長16年)に徳川家康の命を負って藤堂高虎が拡張したが、大坂の役に
よって、当時高虎が従属する徳川家康に対立していた豊臣氏が滅んだため
築城が中止され、本丸・二ノ丸などの主要部分は城代屋敷を除いて未完成
のまま江戸時代を過ごした。
1967年(昭和42年)旧城域一帯が国の史跡に指定されている。城を含めた
近隣一帯は上野公園として整備されており、松尾芭蕉を祀る俳聖殿や芭蕉翁
記念館があるほか、伊賀流忍者博物館があり、伊賀上野の観光地として利用
され、各種イベントなどが行われている。長年日本一といわれてきた藤堂高虎
の高さ約30メートルの石垣[注釈 1]や三重県立上野高等学校敷地内に武庫蔵が
現存し、米倉は博物館の一部として上野公園敷地内に移築現存する。現在、
天守台にある3層3階の天守は昭和初期築の模擬天守で、正式には伊賀文化
産業城という。
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